「おばあちゃんち」で叶う夢

 お小遣いがほしい、おやつを食べたい、久しぶりに集まったイトコたちと二階にある埃っぽい部屋で遊びたい――私にとって「おばあちゃんち」は、そんないくつかの夢をいっぺんに叶えてくれる場所だった。
 ある日、実家から歩いて十分ほどの場所にある一軒家で暮らしていた祖母が、うちに移り住むことが決まった。私が小学生のころだった。
 荷物が片付けられ、真新しいベッドが置かれ……当時の私は、実家の客間が「おばあちゃんち」に生まれ変わっていく様子をわくわくしながら見ていた。あの、いろんな夢を叶えてくれる場所が家の中にできるなんて、と、胸を高鳴らせていた。
 だが、移り住んできた祖母は、ほとんどベッドの上にいた。祖母の体調が芳しくないということは当時の私もなんとなく聞かされていたけれど、そのことと祖母がうちに住むことが、頭の中で上手に繋がっていなかったのだ。
 おばあちゃんを呼んできて。ある日の夕飯前、母が私にそう頼んだ。これまでそんなふうに頼まれたことがなかったので、私は少し不思議に思った。
 ごはんできたよ。私がそう言いに行くと、ベッドの上の祖母は小さく頷きながら、いつものようにゆっくりと起き上がる――と思っていた。
 祖母は、何も言わずに私の手を握りしめた。
 お腹が空いていた私は、おかずが冷めてしまうことが嫌で、握られている手を早く離してほしかった。たぶん、表情にも出ていたと思う。だけど、祖母はしばらく私の手を握り続けた。
 ぎゅっと。だけど、弱弱しく。
 どうしたの、と尋ねても、祖母は何も言わなかった。私も、なんとなく、それ以上何も訊かなかった。
 手を握られながら、私は、家の中にできた「おばあちゃんち」と記憶の中にある「おばあちゃんち」は別物なんだということを、やっと理解していった。目の前にいるこの人にお小遣いをねだったり、おやつを作ってもらったり、イトコとの遊び相手になってもらったり、そういう時間はもう終わったのだと、小さな夢が叶い続ける魔法はもう解けたのだと、乾いたスポンジに水が染みていくように思った。
 そんな日々の中、よく覚えていることがある。
 小学生のころから小説を書くことが好きだった私は、プリントアウトした作品を、家のいたるところに置きっぱなしにしていた。誰かに読んでもらいたくて、クラスの新聞に小説を載せたりしていたけれど、あまり反応がなくて寂しくしていたころだった。
 学校から帰ると、どこかに置き忘れられているものを見つけたのだろう、祖母が一枚ずつ、私の書いた小説をベッドの上で読んでいた。
 そんな祖母の姿を見つけた私は、恥ずかしかったり照れくさかったりで、まともに感想を聞かなかった。だけどそれは、自分が書いたものを誰かに読んでもらいたいという、いまだに抱き続けている夢が、「おばあちゃんち」によって叶えられた瞬間でもあった。
 歩いて十分の一軒家、実家の客間、車でないと行けない施設。おばあちゃんの体調が悪くなるたび、「おばあちゃんち」は、どんどん場所を変えていった。だけど、だからこそ叶えられた夢もあったような気がする。
 いつか私にも、まだ見ぬ自分の子どもにとっての「おばあちゃんち」を、家の中に設ける日が来るだろう。それを素敵な場所にするために今から何ができるのか、考えていきたい。
朝井リョウ 自画像

執筆後コメント

大人になって初めて、家に祖母がいた日々に「介護」と名前が付くことを知りました。その苦労を子どもに見せないようにしてくれていた両親に感謝の気持ちがわきました。

朝井リョウ

1989年5月生まれ、岐阜県出身。小説家。早稲田大学文化構想学部在学中の2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2011年『チア男子!!』で第3回高校生が選ぶ天竜文学賞、13年『何者』で第148回直木賞、14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞をそれぞれ受賞。最新作は『何様』。

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知っておきたい介護のこと

将来、「介護が必要になるリスク」はどれくらい?

85歳以上の、約2人に1人が要支援・要介護状態に認定されています。

日本では、世界でも類を見ない速度で急速に高齢化が進行しており、長生きをすればするほど様々なリスクは高まります。厚生労働省のデータ(平成25年時点の数値)によると、「平均寿命」と「健康寿命」には、男性で約9年、女性で約12年の差があり、誰もが日常生活に支障なく一生を過ごせるとは言い難い時代となりました。

※健康寿命とは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のこと。

年代別人口に占めるよう支援・要介護認定者の割合

厚生労働省「介護給付費実態調査月報(平成27年4月審査分)」/総務省「人口推計(平成27年4月確定値)」より算出

公的介護保険の「自己負担額」とは?

要介護度に応じて支給限度基準額が定められているので、それを超えた場合のサービス費等は全額自己負担となります。

公的介護保険制度は、要支援・要介護認定を受けた場合に所定の介護サービスを利用できる制度です。右の表は、要介護度区分に応じた在宅サービスの支給限度基準額ですが、この上限を超えた額等は全額自己負担となります。また、公的介護保険制度の改正により、平成27年8月から合計所得金額等に応じて一部利用者の負担が、これまでの1割から2割へと引き上げられました。

要介護度区分と在宅サービスの支給限度基準額

※支給限度額は目安であり、介護サービスを受ける地域や介護サービスの内容により変動します。
※平成28年1月末現在の法令等にもとづきます。

介護にかかる「期間」と「費用」はどれくらい?

生命保険文化センターの調査(平成27年度)によると、平均で、介護期間は4年11か月、月々の費用は7.9万円という結果に。

もし、この月々の費用7.9万円が1年間継続したと考えると、約95万円かかります。平均介護期間である約5年間継続した場合は、約475万円の費用となり、それに加え、在宅介護の場合はバリアフリー化などの初期費用、施設入居の場合は入居費・居住費等がかかります。施設介護を受けた場合の調査結果は、月々の費用が約11万円と、平均値の7.9万円よりも高額になっています。

施設介護費用(月額)

公益財団法人 生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査(平成27年度)」

介護の備えは自身のためであり家族のためでもあります

ご自身のライフプランに合う備えをしておきましょう。

吹田朝子 自画像
吹田朝子 プロフィール

1989年一橋大学商学部卒業後、1994年よりFPとして独立。一般家庭から従業員まで3,300件以上の人生相談や家計相談を受け、本人の幸せ度を高めるマネー塾、円流塾を開催。書籍やウェブサイトでのマネー企画監修のほか、TV出演やセミナーなど幅広く活躍中。

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