今の自由、を差し出す先に

 お腹が空いたとき、私はたまに、こう思う。
 食べたいものがわからない。
 この状態に陥ったときの困惑は、かなり大きい。動き回って、疲れて、空腹であることは明白なのに、自分が何を食べたいのか見当がつかないのだ。試しに、ラーメン屋、カレー屋、とんかつ屋、様々な店の前をうろついてみたりもする。ガラスケースに並んでいるハリボテの定食たちを眺めてみたり、スーパーに入り、三百六十度、いろんな食材に囲まれてみたりもする。それでも、自分が何を食べたいのか全くわからないときがある。
 ただ、いつもこんな状態に陥るわけではない。たとえばゆっくり食事をする間もないくらい仕事が詰まっているときには目についた店でさっさと食事を済ませるし、誰かと約束があれば場所や相手の好みに合わせる。明日は朝から一日中ハードに動かなければならないなら、夜は軽めにして翌朝たくさん食べられるようにしておく。仕事があるから、約束があるから、明日があるから。そのような、未来の自分に対する制限があると、無限の選択肢が自ずと幾つかに絞られる。
 つまり、自分が食べたいものがわからないときとは、私が、現在の私のためだけに生きているとき、ということになる。
 私は今、結婚もしていなければもちろん子どももいない、そして今は自営業だ。家庭や会社など、私の行動を制限するものがない。つまり、現在の自分のためだけに生きることが可能な状態にある。その状態は時に、自由という言葉に言い換えられる。夏休みの小学生のような、何にも制限されない自由。
 それは甘美に響く言葉だが、生きていくこととはきっと、両てのひらに溢れていた自由を一つずつ、自分以外の誰かや何かに差し出し、無限にある選択肢を一つずつ減らしていくことなのだと思う。
 結婚資金を貯めるためにパソコンを買い替えるのを我慢しよう、生まれたばかりの子どものために同僚と飲むのをやめて早く帰ろう、家を購入するために外食をやめて貯金をしよう――自由を一つ差し出すたび、選択肢を一つ手放すたび、人は、その空いたてのひらを守るべき誰か、何かへ差し伸べている。自由や選択肢が目減りすることは、その言葉の持つイメージほど、きっと悪いことではないはずだ。現に、ジェンガを一本ずつ抜いていくように自分の人生の形を少しずつ明らかにしていく同世代の友人の姿が、私にはとても眩しく、そして幸せそうに見える。制限が多くて困る、と嘆いている友人ほど、今の自分よりも大切にしたい守るべきものを多く抱えているように見えるのだ。
 自分が、現在の自分を差し置いてまで大切にしたいことはなんだろう。いつか出会っていてほしい妻だろうか、いつかの自分が抱きしめている子どもとの日々だろうか。一人で過ごしているならば、趣味のバレーボールをずっと続けられるような丈夫な体だろうか。どちらにしろ、大好きな小説をずっと書き続けるということに耐えうる心身は、欠かせない。
 現在の自分を愛することはもちろん大切だ。だけど、現在の自分よりももっと愛することができる人やものに出会い、それらにいま手にしている自由や選択肢を差し出すその瞬間が、私はとても楽しみだ。
 さあ、こんなふうに文章を書いていたらお腹が空いてきた。食後にこの原稿を見直すために、今日の昼食は腹八分目にしておこう。
朝井リョウ 自画像

執筆後コメント

今ある自由と、今から準備できる未来の自由。その二つのバランスを考えることで、今の自分と未来の自分がつながるような気がしました。

朝井リョウ

1989年5月生まれ、岐阜県出身。小説家。早稲田大学文化構想学部在学中の2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2011年『チア男子!!』で第3回高校生が選ぶ天竜文学賞、13年『何者』で第148回直木賞、14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞をそれぞれ受賞。最新作は『何様』。

ファイナンシャルプランナーに聞く

知っておきたい年金のこと

公的年金、自分の「受取額」はいくら?

受給額(月額)は、夫も妻も国民年金のみ加入の場合、約11.4万円。
夫が厚生年金加入者で妻が国民年金のみ加入の場合、約18.9万円となります。

公的年金は、その人の状況により加入する制度が決まっています。自営業者や農家の方、会社員の妻(扶養されている方)等は、国民年金のみに加入しています。会社員は国民年金・厚生年金の両方に加入しているので、2種類の年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)を取得でき、国民年金のみ加入している方と比べると受給額にも差が出てきます。

公的年金試算例(月額)

[試算の前提]●国民年金の受給額は35年納付の場合です。●厚生年金の受給額は、加入期間は35年、平均標準報酬月額30万円、年間の標準賞与額を標準報酬月額の3.6か月分として算出しています。年金開始は65歳からの場合です。●厚生年金の加給年金額、国民年金の振替加算額は含めていません。●年金単価は、すべて平成27年4月時点の価格です。

(上記の前提においてJA共済連試算)

老後の「生活資金」って、どれくらい?

1か月あたりの生活費は、平均で約25万円。ゆとりある生活を考えると、約35万円が必要になります。

総務省の調査によると、月々の平均的な生活費は約25万円。国民年金のみに加入されている自営業者や農家の方の受給額と比べると、約13.6万円の不足金額が発生することがわかります。
さらに、旅行や趣味もたくさん楽しみたいという場合は、これ以上の費用が必要となります。生命保険文化センターの調査(平成25年度)によると、「ゆとりある老後生活費」には約35万円(2名以上の世帯)必要という結果が出ています。

1か月あたりの老後生活費

総務省「家計調査(家計収支編、詳細結果表)」平成26年
(世帯主が60歳以上の高齢者無職世帯かつ二人以上の世帯)

公的年金の「空白の5年間」って何のこと?

定年が60歳の会社員の場合、公的年金の支給開始年齢(65歳)までの5年間は収入が途絶えてしまいます。

この期間を「公的年金の空白期間」と呼びます。平均的な1か月の生活費を基準に考えると、この空白期間の生活費として約1,500万円が必要となる計算です。対策としては、「退職金や預貯金で賄う」「定年後も働き続ける」等が考えられます。それ以外では、民間の個人年金も選択肢の1つとして挙げられますが、いずれのケースであっても早めに検討しておく必要があります。

公的年金の5年間の空白期間イメージ

※生年月日が昭和36年4月2日以降の男性、昭和41年4月2日以降の女性は公的年金開始年齢が65歳からとなります。

老後の備えは、早ければ早いほど有利です。

民間の個人年金保険や共済などでの備えを早いうちから考えはじめましょう。

吹田朝子 自画像
吹田朝子 プロフィール

1989年一橋大学商学部卒業後、1994年よりFPとして独立。一般家庭から従業員まで3,300件以上の人生相談や家計相談を受け、本人の幸せ度を高めるマネー塾、円流塾を開催。書籍やウェブサイトでのマネー企画監修のほか、TV出演やセミナーなど幅広く活躍中。

老後の備えをはじめるなら、JAの年金共済で

ライフロード4つのポイント

詳しくはこちらへ

自分らしく生きるために備える介護